連載小説「alive」 from:2000/09/30 to:2000/12/24 URL http://www.risoweb.com/coo-an/ mailto:miku@risoweb.com --(八五郎)------------------------------------------------------- 「ねぇ、どうしてる?」 彼女の声を聞いたのは何年ぶりだろう。 以前は、よく一緒に遊び歩いていたのに、彼女が結婚してしまってから、ほとんど音沙汰は無か った。 当時は「ふん、なにさ。女の友情なんてこんなもんよ」と思っていたけれど、自分も仕事の忙し さにかまけて疎遠になっていた。 「ね、まだひとり?だったらちょっと出てこない?久しぶりに二人で飲みましょうよ」 (めんどくさい)と思いながらも「いいよぉ」と返事をしていた。私には、主婦の座に落ち着い た女友達の話しはどれも同じに聞こえる。亭主の悪口、子供の自慢。よくもまぁこれだけみごと にステレオタイプにはまっていくものだと思う。 だから、この時も(同じ話しをまた聞かされるな)ぐらいにしか考えていなかった。 それが、あんな不思議な体験をすることになるなんて…。 --(イッシー)------------------------------------------------------- 「懐かしいね、このお店」ミクはなんだか、はしゃいでる。京都河原町、私とミクは学生時代い つも遊んでた。 「今日はねえ、おいしいワイン沢山飲んじゃお!」 ミクが結婚してから、私の方から誘うのは遠慮してたら疎遠になっていた。でも、昔のまんま変 わらないミクが不思議思えた。 「ねえ、ねえ覚えてる?あの日のこと?」 「えー、何の話やったっけ?」 懐かしい思い出がよみがえってきた。あの日、あの時とまるで変わらないミクとお店だった。 タラララーラ、ミクの携帯。 「ミク、電話なってるよ。」 「はい、もしもし、」一瞬、ミクの顔がくもった。 「ごめーん、ちょっと待っててね。」といって、ミクはお店の外に出て行った。 --(未空)------------------------------------------------------------------- 「もしもし・・・」やっぱりそうだ。どんよりした曇り空を眺めながら、ミクは小さな ため息をついた。「この空って、今の私の心そのものなのかな?」。 夏の猛暑が過ぎ去り、秋の風が少しずつ心地良く感じる頃からだろうか、ミクの知らない 間に、なぜか携帯の着メロが変わっているのに気がついた。最初は、何かの間違いだろう と気にも止めなかったが、この電話に出ようとした瞬間に、頭の中で映像が浮かんでしまう。 それは知らない人であったり、風景であったり、文字や数字であったり・・・ こんな事は今までなかった。瞬間の映像は、いつまでも目に焼き付いて離れなかった。 --(くろかれ)-------------------------------------------------------------- しばらくして、ミクが店に戻ってきた。その表情はどこかしら曇っていたので、「どうかしたの?」 と聞いてみた。 ミクは、残っていたワインを飲み干し、ひと呼吸つくと話し始めた。 「誰かと話してたんじゃないんだけど・・。」 携帯の着信の事、浮かんだ景色や人、きこえた音、全ての事を話した。 私はただ聞くしかなかったが、「まるでデジャ・ビュみたいね。」とミクに話すと、「バカねえ、 酔ってるだけよ。」と笑われてしまった・・・・。 あの再会から一ヵ月が過ぎようとしていた。 ある日の夜、私の携帯が急に鳴り響き、飛び起きて電話を取った。相手はミクだった・・・。 --(さとり)----------------------------------------------------------- 電話の向こうのミクは泣いているように思える。 「なに?どうしたの?」 いったい、何があったのだろう。 先日、再開した折のミクの話を思い出す。奇妙な事柄の1つ1つ。 あれが何かの予兆だったとしたら? 「お願い…」 ミクの声が耳元でした。 「今すぐ来て欲しいの」 真剣な響きが、迷わず私を頷かせる。 何故か、行かなければいけないという気持ちになっていた。 「ええ、行くわ。…今すぐ」 「ありがとう」 --(yohyoh)----------------------------------------------- 指定された店に着くと、ミクがカウンターに座っていた。 「来てくれたのね」 目もとが赤く染まっているのは、泣いていたから? それとも酔っているのだろうか。 ミクの前には飲みかけのロックグラスが置いてあった。 普段は軽めのカクテルやワインしか口にしないはずなのに・・・。 「こんな時間にどうしたのよ。だんなさんとケンカでもしたの?」 わざと明るく聞いてみたが、彼女は力なくかぶりを振ると 「彼、出張で今日は帰らないの。それより・・・」 覚えてる?とミクは切り出した。 「あの日話したこと。デジャ・ビュみたいだって言ってた」 「もちろん」 あれが次第に頻繁になって来たのだという。 ここ数日は毎日のように起こるようになり、今日にいたっては 浮かんできた人物がミクの名前を呼んだというのだ。 「どういうこと? それって知らない人なんでしょ?」 「そう思う・・・思うけど、どこかで見たことがあるような気もするし・・・」 そう言ってミクは額に手をやり、目を閉じた。 何かを必死に思い出そうとしているようだった。 そのとき、彼女の携帯が再び鳴り出した。 --(とるて)----------------------------------------------- その音にミクはもちろん、・・・私まで、ビクリとした。 思わず見詰め合う二人の間で、携帯は鳴りつづけた。 ロックグラスにのばされて、そのまま凍りついたミクの手は しばらく宙をさまよった後、固く握り締められた。 「・・・出ないの?」 カラン。グラスが音を立てた。 それが合図。 心の内壁に、冷えた塊がすーっぅと滑り落ちていくのがわかった。 昔、むかし・・凍らせた記憶。 若くて幼くって、そうするより他に方法がわからなかった。 瞬間冷凍して、いつか、こなごなに砕いてしまおうと。 なんだったかしら?でも、私、知ってる・・・。 ミクだけじゃない?私も? 「ねぇ・・」 ミクは、いつのまにか、携帯電話を手にしていた。 そして、私に差し出した。 「あなたにかわってって。」 --(くろかれ)----------------------------------------------------- 私はおそるおそる電話に出た。「もしもし?」 電話からは聞いたことのあるメロディーが流れてきた。とっさに私は携帯の音声録音ボタンを押した。 結局、メロディーが一通り流れたところで電話は切れてしまった。 私は電話の主と話す事はできなかった。 早速ミクに録音した曲を聴かせてみたが、彼女も 何の曲か解らなかった。 「電話で何を話したの?」とミクに聞いてみた。 「名前は言わなかったけど、若い男性の声だったわ。 ただ、11月3日に市民会館に必ず来てくれって。」 11月3日・・しばらくして私ははっと気が付いた。 ミクも驚いた顔で「どうしたの?」と声を掛けた。 「その日って、私達の高校の吹奏楽部が10年ぶりに 定演をやる日よ。」 さらに、10年前は私達が卒業したその年だった。 --(八五郎)----------------------------------------------------- (なんだか、ぜんぜん酔えなかったわ) そう心の中で独り言を言っている自分を笑ってしまった。 酔えるわけないじゃない。あんな電話が掛かってきたら。そう考えながら10年まえの事を何と はなしに思い出していた。 ミクと知合ったのも吹奏楽部で、二人並んでグランドのスミに立って練習したっけ。卒業間近に なったら、ミクと私、二人とも同じ男の子の事が好きだってわかって…。そうそう、ブレザーの 第2ボタン。二人のうちどっちが貰うかも決められなくて「誰にもあげないでください」なん て、わけのわからないお願いしたな。 そう、ケンジ君。どうしてるのかな。そうだわ、たしか卒業アルバムがあったわね。 「サトミ、何をバタバタしてるの。五月蝿いわね。こんな夜中に」 「あ、お母さん。私の卒業アルバムしらない?高校の時の」 「それなら、押入れの下の段にあるダンボールの中よ」 「ありがと。わぁ、あったー。え、ちょっとお母さん。なんでそんなに詳しいのよ。このダンボ ール私がしまったやつじゃない」 「あら、そうだったかしら。あたしゃ千里眼でね。ちょちょいのちょいでな〜んでもわかっちゃ うの」 「ちょっと、お母さん。もぅ。調子が悪くなると居なくなっちゃうんだから」 まぁ、いいわ。それより卒業アルバムよ。ふふ、居たわケンジ君。今はどんな大人になっている のかしら。あれ、ミクは何処だろ。写ってないわけないよね。クラスの方だったらあるはずよ ね。おかしいわ。いったいどうなっているの。 --(未空)----------------------------------------------------- 「いないよ。ミクがいない。どこにも写ってない。何の?」 クラスの集合写真なら、絶対写ってるはずなのに、ミクがどこにもいないのだ。 まるで、昔から存在そのものがなかったように・・・ そんなはずはない。私とミクは、高校時代の同級生なんだもの。 3年間一緒に過ごしたはずなのに。思い出だっていっぱいある。 ミクに何か起きている。と瞬間思ったものの、一体誰が? 何のために?  --(yohyoh)----------------------------------------------------- 私は急いでミクの携帯に電話してみた。 トゥルル・・・トゥルル・・・ 呼び出し音が空しく鳴るばかりで、彼女は出ない。 家の方に電話をしようとして、番号がわからないことに気がついた。 ここ数年交流がなかったので、いつしかスケジュール帳の住所録に ミクの名前を書き込むのをやめていたのだ。 でも確か、彼女にもらった年賀状があったはず。 今年の分の年賀状は、まとめて机の2番目の引き出しに入れてある。 あわててその中を探ってみたけれど、どうしたことだろう、 ミクのハガキだけが見つからないのだった。 (どうして・・・ねぇミク、一体何が起きてるの?) わけのわからない不安に押しつぶされそうだった。 どうしたらいい・・・必死で考える私の頭に浮かんできたのは 「11月3日、市民会館」という言葉だった。 とっさにカレンダーに目をやる。 11月3日まで、あと一週間だった。 --(くろかれ)----------------------------------------------------- 例の演奏会が1週間後に迫っていた。 その日の夕方、同級生のケンジ君から電話が来た。 彼は当日指揮者として、ステージに立つのだ。 私はミクの事を話してみた。 「そういえば、あの時のメンバーの一人と連絡がとれないんだよ。今度やる曲もそいつの アレンジだからさあ・・。」 「ケンジ君、その人の名前わかる?」 「もちろん。ユキヒロだよ。」 ユキヒロ・・私とミクが好きだった人の名前だ! --(八五郎)----------------------------------------------------- 一週間は瞬く間に過ぎていったミクの消息はつかめないまま…。そして今日は11月3日。 懐かしくもあったし、何か情報が得られるかもしれないと思って市民会館に向う事にした。 乗り込んだ電車は、金曜日の夕方だからだろうか、思いのほか混んでいた。つり革につかまっ て街の灯りをぼんやりと見ていた。キキーッと車輪が軋む音をさせて電車は減速する。駅が 近づいたのだ。でも、私の降りる駅は次の駅だったので電車の揺れに身を任せながら同じよ うに窓の外を眺めていた。 「あ、痛ッ!」揺れた弾みで隣りに立っていたおじさんに足を踏まれてしまったらしい。 「ちょっと足ふまないでよ」おじさんに文句の一つでも言ってやろうと振向いた私の目に飛 び込んで来たのは電車を降りようとしているミクの姿だった。見間違いじゃない、だって、 私の方を向いて(クスッ)って笑ったもの。 私はミクを追いかけようとした。おじさんには文句を言う暇がなかったから、お返しに思いっ きり革靴を踏んづけてやった。「降ります、ここで降ります」私は、閉まりかけたドアをぎり ぎりすり抜けてホームに降り立った。 おじさんは、閉じたドア越しに怒っている。「お互い様よ」私は心の中で舌を出して振向いた。 ミクを探さなきゃ。 --(みるく)----------------------------------------------------- とっさに降りたものの、ここはどこの駅なんだろう? 確認する間も惜しい。早くミクを追い掛けよう。 ホームには人がほとんどいない。 取りあえず出口へ通じるだろう階段を降りる。 よかった、改札口は1つ。これならミクに追いつける・・・ 階段をかけ降りながらそう思った瞬間、目の前いっぱいに閃光が広がった。 強い地震のような揺れ、キーンと響く耳鳴り。 私はとっさに目をつむり、その場にうずくまった。 頭を抱えてうずくまりながら思い出していた。 ミクが写っていない卒業写真、携帯電話で流れた音楽。 あの曲は、昔ユキヒロ君が私達の前で口ずさんでいた曲だ。 「僕達は卒業しても吹奏楽、一緒にやっていけるよな? 10年後だって・・・、そう、ちょうど10年後にはこの曲をやろう! タイトルは知らないけどいい曲なんだよ、ほら、こういう・・・」 忘れていた想い出の断片が 少しずつ思い出されていった。 --(yohyoh)----------------------------------------------------- 気がつくと。 私は、昔通っていた高校の校庭に立っていた。 辺りに目をやると懐かしい風景が飛び込んでくる。 見覚えのある校舎、雑然とした自転車置き場、 フェンスの向こうには、よくみんなで寄り道した喫茶店。 あの頃とちっとも変わってない・・・ ?何かおかしい・・・。 あの喫茶店は確か、私達が卒業してまもなく閉店したんじゃなかったっけ。 それにあそこの空き地にはあの後、マンションが建ったはず。 どうして今も空き地のままになってるの? そして私は気がついた。 この風景は、あの頃、私たちが通っていた頃のものと そっくり同じだということに。 ふいに、あの曲が聞こえだした。 誰かが歌ってる。 振り向くと、校庭の隅に小さい3つの人影が見えた。 --(くろかれ)----------------------------------------------------- ・・・誰?そこにいるの。私には3人の顔が見えない。しかし、私に話し掛ける声で大体判った。 ケンジ君、ユキヒロ君、そして・・・ミクだ! 皆、10年前の姿のままだ。 「サトミ、どこにいってたの?もうすぐ合奏よ!」 「ったく、独りでたそがれてる場合じゃねえだろ。」 「そうそう、ようやくあの曲のアレンジができあがったのにさあ、自信作だよこれは。」 えっ?ちょっと待って! あの曲はあの時には完成していなかったはず・・。それで、ユキヒロ君は10年後には完成させておくって。 確かに今日はやるみたいだけど・・。 「だからさあ、これをやってみようよ。サトミのソロもあるんだよ。」 「で、うまくいったらコンクールもこれね。」 「そういうこと!」 何だか、頭が混乱してきた。ねえ、ユキヒロ君、その曲のタイトルは? 「緑なる森の木陰で、っていうんだ」 その瞬間、再び目の前に閃光が走った! 目が覚めると、さっきの駅のホームが・・。 そして、私の前にはミクが立っていた。 --(くろかれ)----------------------------------------------------- 「ミク、どうしてここに?今までどこにいたの?」 しかし、ミクの答えは意外なものだった。 「昨日仙台から戻って、今日演奏会に行く途中だったの。でも、この駅であなたを見かけて急いで汽車から降りたのよ。そうしたら、あなたがベンチに座ってて・・・。」 何と、同じ汽車に2人乗っていた事になる。でも、なぜ仙台に?その疑問に対して、ミクは2枚の葉書を 私に渡した。 「一枚はユキヒロ君の御両親からで、彼が入院しているから見舞いに来て欲しいっていう内容。そしてもう一枚は、彼から私とあなたへの手紙。読んでみて。」 しかし、その内容は私にとって悲しく、残酷なものだった・・・。 --(yohyoh)----------------------------------------------------- ご両親からのハガキには、ユキヒロ君が原因不明の病気で ここ数年意識がなく眠ったままの状態であること、 また先日、引き出しからユキヒロ君の日記とともに私達宛ての 手紙を見つけたことが記されていた。 そして彼の手紙には・・・。 最初に目に飛び込んできた日付け、それは3年前のものだった。 「ミクとサトミへ  今は1997年、あの約束の定期演奏会まであと3年か。  なんとかがんばろうと思ったけど、どうやら無理みたいだ。  楽しみにしてたのに残念だよ。でも曲はちゃんと完成させたから。  俺の分まで演奏してくれよな。  君たちと一緒に過ごした時間は本当に楽しかったよ。  2人とも最高の仲間だった。   ありがとう ありがとう。」   読み終わった私は、身体の震えが止まらなかった。 何もかも思い出した。 昔、自分のしたこと・・・ 私は最高の仲間なんかじゃない。 だってユキヒロ君の恋を葬ったのだから。 彼の、一途なミクへの想いを 私がこの手で破滅させたのだから。 -(くろかれ)------------------------------------------------ ・・もともと、私がミクに相談されたんだっけ。 いつもそばで見ているユキヒロ君に、なかなか声を かけられなかったミク。 そんな彼女が一通の手紙を持ってきて、彼に渡すように頼んだんだ。 でも、本当のところ、私もユキヒロ君が・・。 ミクの手紙を開けて読んでしまった私。そして、その手紙は学校の焼却炉の中に・・。 結局、私達3人の間に恋愛感情が芽生える事は無かった。そして、この事も10年の歳月の中で記憶の片隅に追いやられていった。 しかしそれらの記憶がよみがえった今、私は言葉も出せずに涙だけが頬を流れていた。 その時である。ユキヒロ君の手紙の裏に青い封筒が 貼り付いていたのが目に留まった。 早速私はその封筒をはがし、中身を確認してみた・・。 -(くろかれ)------------------------------------------------ 封筒からは、1枚の写真のみ入っていた。 そこには私とミク、そしてユキヒロ君の3人が写っていた。たぶん、コンクールの時の物だろう・・。 そして、写真の裏にはこんなメッセージが書かれていた。 「サトミ、気にするなよ。ミクも解ってくれているよ。これで良かったんだよ・・。」 突然、ミクが口を開いた。 「あの手紙全部焼けなかったの。それを彼が見つけて・・。でも、彼は自分の病気に気付いていた。だから、私にもサトミにも何も言わなかったの。私達を 悲しませたくないからって・・。でもねえ、彼はあなたの事が好きだったのよ。」 あまりの事に私は何も言えずにいた。 その時、私の携帯が鳴った。相手はケンジ君だった。 「何やってンだよ!あと10分で開演だぞ!早く来いよ、ったく・・。」 そうだ、とにかく市民会館に行かないと・・。 私はタクシーをつかまえ、ミクとともに会場へ急いで向かった。 -(くろかれ)------------------------------------------------ 何とか間に合った! 私とミクが会場に着いたのは、開演5分前。 ホールに入ると予ベルが鳴り響く。 ステージに目をやると、私達の時代には無かったハープやチェレスタ、コントラバスーンなどがある。 相当レベルが上がってきたのだろう。 プログラムに目を通すと、ユキヒロ君がアレンジしたのはプッチーニのオペラ「トゥーランドット」の1曲で「ネッセンドゥルマ」というタイトルのようだ。 かくして、演奏会が始まった・・。 演奏はそれは素晴らしくて、私もコンクールでやった「ローマの噴水」なんかはオーケストラ以上の色彩感で比べものにならなかった。 そして「ネッセンドゥルマ」へ・・。 演奏が始まったその時、ミクが小声で叫んだ。 「ユキヒロ君!!」 私も確認していた。指揮をしているケンジ君のすぐそばに、彼を笑顔で見つめるユキヒロ君がいるのを。 演奏が終わると、彼は泣きながら拍手を送った。 しかし、それと同時にユキヒロ君の姿は消えていた。 終演後、ケンジ君にそのことを説明した。 彼は「姿は見えなかったよ。でも、何か暖かい空気を感じた。やっぱユキヒロだったのかな?」と話した。 ・・・ユキヒロ君が仙台の病院で亡くなったのは、それから2週間後の事だった・・。 -(くろかれ)------------------------------------------------ 「それじゃあ、7時に会場で。あっミク、アルバム忘れないでよ!。あんたのそそっかしいのは10年経っても変わらずだから。じゃあね。」 ユキヒロ君が亡くなって1ヵ月・・今日は吹奏楽部の同窓会も兼ねてのクリスマスパーティー。ちょうどミクに、電話で打ち合せをしていたところだ。 この1ヵ月、様々な事があった。ケンジ君は音楽の勉強にと、アメリカへの留学を決意。私とミクは高校のOBバンドを創ろうと、東奔西走を始めた。 そして、あの演奏会でのユキヒロ君の曲が、楽譜として正式に出版される事になった!彼の想いがずっと生き続けていくのだ。 結局、あの電話やデジャ・ビュが何だったのか、それは今も解らない。でも、それで良いのかも・・。アルバムにはミクの写真もしっかり写っている。 そして、一番大切な事実は、ユキヒロ君が私達の心の中で生き続けるという事なのだから。 「さあ、そろそろ行くかな・・。」そう言って私は玄関のドアを開けた。空を見上げると、ゆっくりとしたスピードで雪が舞い降りてきた。 それに逆らうように、私は駅へ走っていった・・。